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福岡地方裁判所 昭和43年(ワ)1015号 判決 1972年3月28日

原告 田中絵真

<ほか三名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 近江福雄

右訴訟復代理人弁護士 岩崎光太郎

被告 福岡市農業協同組合

右代表者組合長理事 佐々倉與

<ほか二名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 森竹彦

被告 藤原敏雄

右訴訟代理人弁護士 岩本幹生

主文

一、原告田中君子の請求を棄却する。

一、被告福岡市農業協同組合、同福岡県購買販売農業協同組合連合会、同鯉川健は、各自原告田中絵真、同田中里佳に対し各金一一五万一、八七五円、同田中滝子に対し金一六万円および右各金員に対する昭和四〇年七月二二日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

一、原告田中絵真、同田中里佳、同田中滝子の右被告らに対するその余の請求および被告藤原敏雄に対する請求はこれを棄却する。

一、訴訟費用中原告田中君子と各被告らの間に生じたものは同原告の負担とし、その余の原告らと被告福岡市農業協同組合、同福岡県購買販売農業協同組合連合会、同鯉川健との間に生じたもののうち三分の二は同被告らの、三分の一は同原告らの負担とし、右原告らと被告藤原敏雄との間に生じたものは同原告らの負担とする。

一、この判決は原告ら勝訴の部分に限り、被告らに対し、原告田中絵真、同田中里佳は各金二〇万円、同田中滝子は金三万円ずつの担保を供するときは、その被告に対して仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

第一、(本件事故の発生および責任について)

一、原告主張の日時場所において本件交通事故が発生し、訴外田中主基男が死亡したことは当事者間に争いがない。ところで事故の原因につき、まず訴外主基男は原告ら主張の如く藤原車の加速により原付車から転落させられたものであるか、あるいは、鯉川車の接近に因る同車との衝突の危険を避けるため、自ら飛びおりようとして失敗し転倒したものであるか否かの点につき検討する。

(1)  まず、本件の原付車は一人乗り用であって足のせや握り手の設備が設けられていなかったことは当事者間に争いなく、その具体的状況は原付車の写真であること当事者間に争のない、≪証拠省略≫のとおりである。ところで≪証拠省略≫によれば右のような原付車の荷台に乗車している者が運転者の衣服を持って後方に倒れないようにするために必要とする最小の力は七七・九キログラムであり、≪証拠省略≫によれば、本件事故当時、原付車は加速中であったからその力はこれよりさらに強くなっていたものと推認しうるので本件原付車のように足のせや握りの設備のない、車の荷台に同乗する場合には、これより転落しないために特段の努力と配慮を要するところ、≪証拠省略≫を綜合すると、訴外主基男は運転者たる被告藤原の腰に両手をまわして抱えるように掴ってはいたが同被告の腰のバンドまで握っていた訳ではなかったこと。

(2)  次に≪証拠省略≫には鯉川車に乗車していた被告鯉川と訴外石田彦次が運転席および助手席から目撃した状況の供述記載がありこれによれば原付車が加速して鯉川車の二・五メートル直前を通過した直後、訴外主基男は急に足を頭の辺りまで高く上げて後方にのけぞるような恰好で背中から路上に落ちたものとされていること。

(3)  ≪証拠省略≫によれば、訴外主基男を診察した秋本医師の診断として同訴外人の致命傷は頭頂骨右側の骨折にもとづく脳挫傷に因る脳内出血であるというのであり、また同医師はこのような傷は普通は人が自動車のボンネットではね上げられ頭から落ちたときに起るものであって、多分同訴外人のケガも最初に頭を打って生じたものとおもわれるという証言をしているので、このことと前記転落の姿勢とを合わせ考えると訴外主基男は仰向けのままもろに路面に転落して右の受傷となったのではないかと推認できること。

(4)  又、≪証拠省略≫によれば原付車を運転していた被告藤原は鯉川車との衝突を避けるため加速して交差点外に逃がれることにのみ神経を集中させていたとはいえ、訴外主基男が落ちたことに全く気づかず、単に、交差点を通り抜けようとしたところ、車が急に軽くなったと感じたにすぎなかったこと。

以上の各資料が存在するのでこれによれば本件事故は、原告が被告藤原に対する請求原因として主張するように、訴外主基男が藤原車の加速によってふり落されたため発生したものであるとの認定も可能になってきそうであるが、他方、

(5)  ≪証拠省略≫によれば、本件事故の発生した現場は原付車が南進してきた南北に通ずる幅八・一メートルのアスファルト舗装の直線の車道と鯉川車が西進してきた東西に通ずる幅約一二メートル(但し、中央の幅七・三メートルのみ舗装)の直線の車道とが直角に交差する交通整理の行なわれていない交差点で前者の車道西側にはそれぞれ三・五メートル幅の、後者のそれの両側にはそれぞれ六メートル幅の歩道が設けられているので、南進する原付車からも西進する鯉川車からも相互の車両の確認は交差点の手前から可能な状況にあって当時同交差点は乾燥していたこと、原付車は同交差点へ時速約一〇キロメートルの速度で進入し二メートル余り進行した際、鯉川車が時速約四〇キロメートルの速度で同交差点に向って西進してくるのを認めたが、同車はまだ交差点の手前二〇メートル以上の地点にいたため同車より早く自車が交差点を通過できると判断し加速のためスロットルを急開してやや右へ転把しながら五メートル余り進行し、他方鯉川車は原付車が同交差点へ入ろうとする直前に、原付車を認識していたが、その速度が遅かったので鯉川車のため停止してくれるものと思って、単にブレーキペタルに足をのせただけで従来の速度のまま進行した。ところが、原付車は鯉川車が何ら減速せず、そのままの速度で進行してくるので危険を感じ、鯉川車の交差点進入前に通過すべく加速しながら約六メートル進行したところ、鯉川車も原付車が停止せず却って加速したのに気づき急ブレーキをかけ、交差点の手前約三ないし四メートルの地点からスリップ痕を残しながら交差点へ約七・五メートル入った際、原付車がその約二・五メートル前をかろうじて通過したが、その直後、後部荷台に乗っていた訴外主基男が路上に落ち、鯉川車はその直後停止したこと、が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(6)  ≪証拠省略≫によれば、訴外主基男は三六才の分別盛りで船渠会社の設計部長の地位にあり、又几帳面で用心深い性格の人物であるうえ運転免許を有し、交通違反の前歴もなく、又かねてより交通事故には神経質なほど注意しており、過去にも何回となく単車乃至原動機付自転車の後部荷台に乗車したことがあったが、そのような場合にも運転者に交通上の注意を与えたり、危険を感じたときには足を地につけて飛びおりる恰好をしたことがあったこと、また≪証拠省略≫によれば同訴外人が本件原付車に乗車したのは事故現場からさして遠くない同人らの会社から本件交差点を経て西鉄市内電車の荒戸停留所まで短時間の乗車であったこと。

(7)  ≪証拠省略≫によれば訴外主基男は本件原付車に乗車中、同車を運転していた被告藤原の身体に両手をまわして抱えるように掴っていたこと。

(8)  ≪証拠省略≫によれば、本件事故当時、たまたま訴外主基男を後部荷台に乗せた原付車が本件交差点に入って行く後姿を約一〇メートル離れた道路上から目撃し引続き、事故に至るまでの状況を見ていた同訴外人の同僚がおり、それによると、原付車が本件交差点内に入った後、同訴外人は原付車の後部荷台にまたがったまま身体を若干右に傾け右足をトントンと地面につけ、左足は宙に浮いた恰好となり、身体が浮き上った感じで右側に落ちると同時に鯉川車が急ブレーキをかけて近接し、同訴外人の体は鯉川車の下になってしまったこと。

(9)  ≪証拠省略≫によれば、原付車であるホンダスーパーカブ(昭和三九年式50CC)に類似したスーパーカブ(昭和四四年式C50Z)について本件事故現場の状況と近似した条件即ち、全面アスファルト舗装道路において晴天時、体重六〇キログラムの二人乗りによる加速テストによれば、時速一〇キロメートルから加速して時速三〇キロメートルまでに要する時間および距離はセカンドギァーでスロットルを全開して走行した場合六・七秒ないし七・〇秒、三八メートルないし三八・六メートルを要すること、更に右車は排気量50CCで出力そのものの絶対値が低いためスロットルを全開したとしても徐開に比し加速力に大差は現われないこと、又加速は北側直線的であること、そして原付車は本件交差点に進入した直後時速約一〇キロメートルから加速を始めて訴外主基男が転落するまでに約一一メートルの距離を走行していること。

(10)  ≪証拠省略≫によれば、訴外主基男の受傷の中には右肩胛部打撲、右頭頂骨頭蓋骨折といういずれも身体右側の傷害個所があること、そして右のような傷害は人がその意思に関係なくふり落された場合のみならず飛びおりようとして失敗し転倒した場合にも同じように生じうるものであること。

(11)  ≪証拠省略≫によると被告藤原は原告君子に対し、訴外主基男が原付車から飛びおりたということをのべていること。

以上の各事実が認められ右認定に反する証拠はない。なお、前記(1)の七七・九キログラムという数字は、一定の方程式にいくつかの仮定の数値を代入して求められたものであることは明らかであり、必ずしもその信用度が高いものとは認められない。

これらの認定の事実に前記(8)に掲記した訴外主基男の同僚が目撃した事故の状況は、信憑性が高いものと認めてよいことを参酌して考察すると本件死亡事故は訴外主基男が前述のように、原付車の加速によってふり落されたため生じたものとみるよりはむしろ鯉川車との衝突の危険を感じた同訴外人が自ら飛びおりようとして狼狽し、あるいは恐怖心から路上に転倒して生じたものであると推認するのが相当である。

もっとも、

(12)  原付車は二輪車であるから安定性が十分とはいえず、ハンドル操作によっても容易に右左に傾く性質を有していることは経験則上明らかなことであるところ、≪証拠省略≫によれば、原付車の進路は本件交差点に入ってから大なり小なり右に変っていること。

しかも、同交差点内の路面はアスファルトで舗装されているが、かなり疲弊していて路面のほとんど全面に亀裂が生じており、場所によっては亀裂部が剥離して若干へこみ部を作っているところもあり又わずかながら横断勾配のある道路が交わっているため、交差点四隅寄りは交差点中央に向ってわずかながら起伏をなしているし、又交差点内の原付車の進路上付近にはマンホールのふた様のものがあるのであって右道路状況のゆえに比較的軽量の車両の進行に際してはバウンド等の衝撃もありうることが肯認され、また≪証拠省略≫によれば被告鯉川から見た場合、原付車は右マンホールのふた様のものの付近を進行したようにみえたこと、が認められるのであるが、本件においてはハンドルの転把は必ずしも大きくはなく、被告鯉川らの現認も緊急の際のものであって必ずしも信用しえないところ、却って≪証拠省略≫によれば原付車は路面の凸凹によってバウンドすることはなく、右マンホールの右側を進行したというのであるから、結局原付車のハンドル操作や路面の状況によって訴外主基男がふり落されたと認めることはできない。

二、次に訴外主基男の致命傷は、前記のように路面への転倒によって生じたものか、それとも路上に転倒した同訴外人に対し鯉川車が衝突し、又は押しまくったりしたため生じたものかどうかを検討する。

(1)  まず、≪証拠省略≫によれば訴外主基男が原付車から落ちた瞬間キューツという音と共に鯉川車が急ブレーキをかけて本件交差点に進入してきたとたん、もう同訴外人は鯉川車の下になっており、同車が停止したとき、同訴外人は鯉川車と平行に頭を西に向けてあおむけになって倒れ、鯉川車のスプリングのところに左足のズボンがひっかかっていたので取りはずして引き出したが、左足にはかすり傷があり、引出された地点は同訴外人が落ちた地点から約二ないし三メートル西方の地点であったこと、訴外主基男が落ちた地点から、倒れていた同人の頭までの距離は二・七メートルであること、がそれぞれ認められるところ、≪証拠省略≫によれば訴外主基男の傷は右肩胛部打撲傷、右下腿上端のかすり傷、五針縫合を要した左下腿中央全面部の挫創、右頭頂骨骨折とそれにもとづく脳挫傷であること、≪証拠省略≫によれば本件事故当時訴外主基男が着用していたシャツの背中部分には破損個所があってゴミが多少附着しており、又ズボンの右内股部分にも丁字型に似た破損個所がありそこに土がついていたこと、ズボンの左ひざ下部分には血痕があったことの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。これらの諸事実によれば訴外主基男が原付車から落ちた後鯉川車に衝突され、あるいは路上に押しやられた可能性を一がいに否定し去る訳にはいかない。

(2)  しかしながら、≪証拠省略≫によれば、訴外主基男の死因は右頭頂骨々折による脳挫傷にもとづく脳内出血に起因する呼吸麻痺であることが認められるし、≪証拠省略≫によれば鯉川車の前面には全く接触の痕跡が認められず、ただ車体下部の右前輪内側にわずかの泥の落ちた痕が見られただけであって、原付車と衝突していないのはもとより、訴外主基男と衝突したようなショックも感じなかったこと、又前記認定のように原付車から落ちた訴外主基男は転落地点より二ないし三メートル離れた地点で鯉川車と平行に頭を西に向けあおむけに倒れその左足だけが鯉川車の右前輪の車軸にひっかかっていたにすぎない状況であったこと、更に訴外主基男の外傷については頭の部分には右頭頂骨のこぶと骨折だけでその他の打撲傷やすり傷、切り傷は全くないこと、又体の他の部分にも亀裂の多い凸凹の路面を押しやられてできたと思われるすり傷などは見当らないこと、又前記認定のように背中に着衣の損傷はあったのに体の傷はなかったことの諸事実が認められ右認定に反する証拠はない。以上の事実に、既に認定したとおり原付車の荷台に同乗していた訴外主基男が右足をトントンと地面につけ、足を高く上げてあおむけになった恰好で右側に転落し路上に倒れたという事実をあわせ考えれば、同人の死因につながる右頭頂骨々折は原付車から落ちて頭部を路面に直撃したことによって生じたものと推認するのが相当であり、結局同人が転落後鯉川車に衝突されあるいは押しやられて致命傷を受けたものであることを認めに足りる証拠はない。

もっとも≪証拠省略≫によれば、訴外主基男は鯉川車に衝突され、あるいは地上を押された有様で意識不明となった旨の記載があるが前記認定の各事実に照らし信用し難い。

三、次に被告鯉川の責任について検討するに、前記二の(5)で認定したように、鯉川車は、原付車が本件交差点に進入した直後の時点においては、未だ同交差点から二〇メートル以上手前の地点を時速約四〇キロメートルで進行していたのであるから、鯉川車として制動距離の範囲内にあったことでもあり、同交差点への先入車たる原付車の動静を注視し、その結果に応じて減速徐行、その他適宜の措置を講じて事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負っていたものというべきである。しかるに鯉川車は右義務を怠り原付車が鯉川車のため停車してくれるものと軽信し、そのままの速度で進行を続けたため、原付車が停止せず却って加速したことに気づいて同車との衝突の危険性を感じあわてて急制動の措置をとらざるをえない状況に追いこまれ、その結果原付車が鯉川車のわずか二・五メートル前を通り抜けてかろうじて両車の衝突は免れたというものの、極めて衝突の危険の高い状況をかもし出したのである。そして、このような危険な状況下におかれた原付車の同乗者である訴外主基男をして衝突の難を避けるべき行動をとらせた結果本件事故となったものであるから被告鯉川には過失があるというべきである。

もっとも、この場合、被告鯉川としては訴外主基男が自ら飛びおりる行動に出るなどということを的確に予見することはかなり困難であったであろうと一応はいいうるであろう。即ちその点の予見可能性の点については問題なしとはいえないであろう。しかしながら被告鯉川としては原付車と衝突しかねない極めて高度の危険を作り出したのであるから、そのような場合に原付車の運転者ないし同乗者が心理的動揺から平静を失い、自らの生命身体の安全を守るために、原付車にしがみつくとか、飛びおりるとかの何らかの具体的行動に出るであろうということも予想しえた筈であり、そのような包括的な予見可能性があれば足りるというべきである。なお、右の如く衝突の高度の危険性が生じたことから考えると、(原告は具体的に主張していないが)訴外主基男が飛びおりたことについて、原付車にも過失がなかったかということも一応問題となる。即ち、原付車が交差点に進入した直後の状況は前記認定のように自車が先に通過できると判断したことが正しかったとしても、その直後、鯉川車が徐行しないで接近してくる状況になったのであるから原付車としてはそれに応じて急停車して鯉川車を通過させるべきではなかったかという疑いがないではないが、前記(二)の(5)で認定した状況下においては、急停止することは却って危険でもあり、原付車としては急ぎ加速進行することによってとにかく鯉川車の直前を通過して同車との衝突を避けることができたものである以上、右の如く加速進行したことをもって直ちに過失であると断定しこれを非難することは妥当でない。

してみると、被告鯉川は本件事故につき不法行為者として民法第七〇九条による損害賠償責任を負わなければならない。

四、また、鯉川車を所有して運行供用者の地位にあることを争わない被告連合会、同じく鯉川車をその営む業務に供し運行供用者の地位にあることを争わない被告組合は、運転者たる被告鯉川に前記のとおりの過失が認められる以上、いずれも免責の余地なく本件について自賠法第三条による損害賠償責任を負わなければならない。

被告藤原については原付車の加速力によって訴外主基男を転落させたものといえず、また前段に認定した本件事故に至るまでの経過に照せばその余の判断をするまでもなく同被告に運転上の過失を肯定して本件事故の責任を負わせることはできない。

五、過失相殺

前記認定の事実によれば、本件事故においては結局のところ原付車は鯉川車との衝突を免れておりかつ同車に転倒その他の異常な状況が発生していなかったのであるから、訴外主基男がもし自ら飛びおりようとせず原付車に同乗したままで交差点を通過すれば本件事故とならずに済んだことが明らかであるから、同訴外人には原付車から飛びおりる必要がなかったのに敢て飛びおり、また、その地点と方法を誤った過失を犯していること、および右過失が本件事故の発生に寄与していることが認められる。そして本件事故における右過失の割合は諸般の事情を勘案して六〇パーセントであると認めるのが相当である。

第二、損害

一、(一) 葬式費用 金二〇万円

≪証拠省略≫によれば、訴外主基男の死亡によって同人の妻である原告君子がその葬式費用として金二〇万円以上を負担していることが認められ、右認定に反する証拠はない。そして右二〇万円以上の支出のうち本訴において請求にかかる金二〇万円は本件事故と相当因果関係の範囲内にあることが明らかである。

(二) 訴外主基男の喪失利益 金九九三万九、〇七三円

≪証拠省略≫を綜合すれば、訴外主基男は本件事故当時、通常人と変らぬ健康を保持して訴外博多船渠株式会社に勤務しており、本件事故がなければ事故当時の三七才から推定余命年数の範囲内である停年までの二七年間にわたり以下に述べる収入を得る生活を送りえたものと認められる。即ち、昭和四〇年一月から同年七月二一日死亡するまで同年上半期の賞与を含め四七万八、五〇〇円の収入を得ており、そのうち源泉徴収税額として金二万一、一七二円、社会保険料として金一万九、二二四円の合計四万〇、三九六円が天引されていたから手取額は四三万八、一一四円となり、一ヶ月平均の手取額は

43万8,114円÷(6+2/3)ヶ月=1314342/206万5,717円(円未満切捨)

となり、右認定に反する証拠はない。

次に、右収入から控除すべき生活費の金額としては、≪証拠省略≫によれば昭和三九年度の福岡市民一人あたり一ヶ月の平均は、一万〇、四七八円程度であるが、前掲各証拠によれば、訴外主基男は一家の柱であって四才と二才の幼児二人と妻をやしない、母にも月々の仕送りをしていたことが認められるので、これらの事実を参酌すれば訴外主基男の生活費としては右収入の二五パーセント即ち 6万5,717円×0.25=1万6,429円(円未満切捨)を生活費として出費するものとして控除するのが相当である。

とすれば、同人の喪失利益は、

(6万5,717円-1万6,429円)×12×16.8044(ホフマン係数)=4万9,288円×12×16.8044=993万9,063円(円未満切捨)

である。

ところで、≪証拠省略≫によれば、原告君子、同絵真、同里佳は、右訴外主基男の相続人の全部であり、原告君子は配偶者として、同絵真、同里佳はいずれも子として、それぞれその相続分に応じて各三分の一ずつ訴外主基男の損害賠償請求権を相続したことは明らかであり、右認定に反する証拠はない。従ってその金額は、原告君子、同絵真、同里佳とも

993万9,063円×1/3=331万3,021円

となる。

(三) 原告らの慰藉料

前記認定の事故の発生事情、訴外主基男の社会的地位、身分、原告らの相続人としての立場など弁論にあらわれた全ての事情を勘案すると原告らの精神的損害を慰藉するには原告君子に対しては、金八〇万円、同絵真、同里佳、同滝子に対しては各金四〇万円をもってあてるのが相当である。

二、(過失相殺と損害の填補)

そうすると本件事故と相当因果関係にある原告らの各損害は、原告君子の損害は金四三一万三、〇二一円、同絵真、同里佳の各損害は金三七一万三、〇二一円、原告滝子の損害は金四〇万円となるところ、すでに認定の被害者の過失割合に従い六〇パーセントの過失相殺を行うと、原告君子の損害は金一七二万五、二八四円(円未満切捨)、同絵真、同里佳の各損害は金一四八万五、二〇八円(円未満切捨)、同滝子の損害は金一六万円となる。

ところで、損害の填補については被告鯉川、同組合、同連合会は明らかに争わないから自白したものとみなすべく、右事実によれば、原告君子は本件事故によってすでに労災保険から金一八三万円、自賠責保険から金三三万三、三三三円の合計金二一六万三、三三三円の、同絵真、同里佳は同じく自賠責保険から各三三万三、三三三円の給付を受けていることが明らかであるから、右金額を前記過失相殺後の損害金にそれぞれ充当して差引くと原告君子が被告らから支払を求めうる金額は零となり同絵真、同里佳が支払を求めうる分は各金一一五万一、八七五円となる。

三、(結論)

そうすると、原告絵真、同里佳は各金一一五万一、八七五円、同滝子は金一六万円およびこれらに対する、本件事故によって訴外主基男が死亡した翌日である昭和四〇年七月二二日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による民法所定遅延損害金の支払いを、被告鯉川、同組合、同連合会に対し求めうるので、原告絵真、同里佳、同滝定の本訴請求を右限度で認容し、右被告らに対するその余の請求および被告藤原に対する請求ならびに原告君子の本訴請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木本楢雄 裁判官 綱脇和久 加島義正)

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